1. 卒寮生

卒寮生

先輩ゼミ

不定期ではありますが、先輩方から社会的経験、学問などについて、後輩に聞かせたい話を講演して頂く機会を持っています。

先輩ゼミの実施記録

実施年月日 講 師 テーマ
H7.9.19 1 渡辺 俊一 都市計画学者への道
同 上 8 神山 秋史 1円入札事件の背景
同 上 10 小野寺 一雄 新聞社における国際化とは
H7.11.20 19 酒井 新吉 科学技術分野の情報処理業について
同 上 24 吉田 成行 マーケティング&プランニングからプロデューシング&コンサルティングへ
H8.4.22 1 東樹 茂夫 私の歩んできた道
同 上 3 中野 良顕 子供の臨床仕事
H8.6.11 2 山田 俊治 コンピューターと共に高度化する生産システム
同 上 20 中里 友則 都市交通問題と駐車場
H8.11.21 13 星野 茂夫 松尾育英会育英生の頃の思い出
H9.4.21 20 朝浦 幸男 社会保障の新たな展開
H9.5.19 2 皆川 真孝 笹川グロバール2000
H9.7.12 13 東樹 茂夫
中野 良顕
松尾育英会の理念
H9.9.24 18 細溝 清史 大蔵省の仕事
同 上 28 宮地 茂夫 在寮時の思い出
H9.11.14 34 大木 憲一 松尾寮の思い出と青年海外協力隊(マラウイ)
H9.11.19 31 川上 明夫 糖尿病の臨床について
同 上 31 菊池 顕行 信託銀行の業務
H10.1.15 33 鎗目 雅 国連大学への留学
H11.6.12 29 堀内 保秀 ネットワークすること
H11.11.6 22 川原 一信 日本企業の海外進出と必要とされる人材像
H11.12.11 34 吉國 選也 留学経験をふまえた人生の選択
H12.9.9 15 八木橋 英男 ソフトウェア革命
H12.11.11 21 雲 治雄 エネルギー資源の流通
H13.6.9 20 三澤 浩司 企業年金と信託
H13.11.10 15 伊藤 聖 行政官としてのこの20数年を振り返って
H14.10.5 2 山田 俊治 知的生産システムプロジェクトを通してみた日本の製造業の課題
H14.11.2 2 皆川 眞孝 アフリカの食糧増産問題を考える
H15.5.31 37 牧野 剛 「自分は何をしたいのか」を考えるためのフレームワーク
H15.11.1 39 中村 慎二 弁護士業の現状と今後の課題
H15.11.29 29 櫻井 清一 農産物流通から広がる世界
H16.10.30 36 中村 輝政 Dealerの仕事
H16.11.27 18 林 剛久 IT産業の変遷―メインフレームからユビキタスへ
H17.6.25 35 工藤 善也 ITによる業務改革の最前線
H17.11.26 8 十市 勉 21世紀のエネルギー問題を考える
H18.6.24 34 高着 敦史 地方銀行の現状と未来
H18.10.21 26 猪野 肇 企業で使われているコンピューターシステム・他
H19.5.26 特別講師 石橋 慎二 人事の眼
H19.11.17 25 隅野 正広 広告クリエーティブと学生時代の過ごし方
H20.7.1 41 是川 夕 これからの行政・政治のあり方
H20.10.25 27 工藤 誠 システム開発の理論と実際
H21.5.30 1 渡辺 俊一 出世の方程式
H21.10.24 21 増田 康裕 松尾育英会と私の仕事
H21.11.28 2 皆川 眞孝 アフリカへの農業技術支援
H22.5.22 25 武村 典美 お掃除ロボット
H22.11.27 34 高橋 義之 仕事力の磨き方
H23.11.26 40 高祖 大樹 弁護士の役割
H24.5.26 22 川原 一信 海外勤務で得たこと、感じたこと
H25.10.19 25 福丸 伸一 海外留学・これから身につけておくべきこと
H25.11.30 31 三反園 哲治 新聞記者・海外生活の経験から
H26.5.31 41 是川 夕 社会学を学ぶ・生かす
H26.11.29 42 横田 達也 薬学研究からパイロットへ
H27.6.27 27 宇山 智哉 国際関係に携わって
H27.10.31 12 笠原 忠 医薬品創製と医薬品産業の動向
H28.5.28 40 小柳 明大 鉄道関係の仕事
H28.10.29 14 工藤 康紀 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故後のボランティア活動の事例
H29.6.24 12 加藤 晴洋 ベンチャー企業とシリコンバレー
H29.11.18 35 工藤 善也 本格的な人口減少社会の逆風に晒される次の四十年。育英会の現役生の視点から、生き残りの道を探る。
H.30.5.26 53 高岡 良平 働くということ
H.30.12.1 11 窪野 鎮治 社会保障改革に携わって
R1.6.29 22 沼田 伸二 都心の再開発への取り組みについて
R1.10.26 58 林 聖悟 インフルエンサーの時代に生きるということ
R3.6.26 41 是川 夕 日本における移民政策の可能性と展望
R3.11.27 47 藤真 健司

林 裕之

サラリーマンと学生の違い。会社に溶け込むために必要な事、できた方が良い事

コンサルタントとは?

R4.6.25 51 山内 絢人

地域の可能性を事業化し、次の時代の豊かな社会を築く

R4.10.29 39 中村慎二

大手法律事務所における弁護士とは?

R5.6.17 49 武末健二朗

松尾育英会創設者 松尾國三氏の「訓(いましめ)」から ~人間形成のために~

R5.11.4 18 磯野薫

銀行への就職動機/現場で体験した金融危機/天職と実感できたとき

20 三澤浩司

金融機関を選んだ理由/信託とは/信託銀行における理系人材の活躍フィールド/信託銀行の近接領域

28 宮地茂夫

なぜここに就職/就職後35年で経験したこと/経営企画、管理で経験したこと/金融機関は理系のセンスが生きる

31 高橋義之

大企業vs.ベンチャー/ジョブ型vs.メンバーシップ型/組織・プロジェクト管理vs.プレーヤー/金融機関は理系の活躍の場が沢山ある

34 高着敦史

(リモート)

地方銀行におけるシステム部門

R6.6.21 60 石原駿弥

後輩たちへ ~今成すべきこと~

R6.11.16 48 安陪達哉

環境問題(温暖化対策)

 

先輩探訪

現場で働いている先輩を訪問して、身を持って多くのことを体験する機会も設けています。

立川敬二(2期生)―前JAXA理事長・現立川技術経営研究所代表

Q.立川さんは昔の学生寮の生活を振り返って、どう感じていらっしゃいますか。

 あの当時(昭和33年入寮)は、大学の寮などは大変古いもので、すべて相部屋でしたが、松尾育英会の寮は新築したばかりで、かつ個室でした。今の人に言ってもピンとこないと思うんですが、当時の日本の状況から見ると、松尾学生寮は大変立派だったわけです。いい環境で勉強させてもらった。その反面、寮生活は大変厳しかった 。僕なんか2期生だったが、1期生はもっと大変だったみたい。育英会の創世時代だったから、大変厳しかったが、我々の要求で大分自由を勝ちとった面もありますよ。

Q.また、寮生活が 立川さんの現在に影響を与えたことはなんでしょうか。

 寮生活というより、育英会の精神を引き継いでいるつもりです。「個人で受けた恩 を社会に還元するように」というのが松尾育英会の基本精神だと理解しているんです 。だから社会に出てから、会社の仕事の中でもそういう精神でいきたいと思って来ました。幸い私の仕事(電話事業)は、ほとんどの国民に利用していただくサービスで すから、日常のより良い実践が、社会還元の一つであろうと思ってやってきました。 寮生活の影響ですが、いろいろな人と共同生活したことが非常によかったことですね。大学の寮に入っちゃうと、まわりは皆同じ大学の人ばかりですが、育英会の場合は、国立もいるし私立大学もいるし、文科系もいるし、理科系もいるということで、そうしたミックスの中で生活できたということです。お陰で僕なんかは理科系だったんですが、政治経済にも興味を持つようになりました。会社に入ってからも、ビジネススクールへ行ったり、法律に係わる仕事もやるようになりました。そういう意味で寮生活で幅広い視野を持てたことがよかったのではないでしょうか。

Q.育英会のホ ームページの作成についてどういう点に配慮したらよいのでしょか。

 audienceを考えて、audienceが魅力と思うように作ってもらいたい。どのホームペ ージを見ても、発信者がわの発想で作り過ぎている。だから会社のホームページなんかは、会社の概要だとか、役員の顔とか、そんなのばかり出てきてちっとも面白くないということになる。育英会のホームぺージの場合、育英会の概要、精神、活動状況 、あるいは募集要項などは、最低限必要でしょうが、それ以外については、委員の方々でよく考えて、見る方の身になって作って頂ければと思います。

Q.松尾育英会 は平成9年に40周年を迎えましたが、これからの学生寮での寮生のあり方についてどう考えていらっしゃいま すか。

 まず寮生が自分で自分たちはどうしたら良いかを考えることですね。ルール等も時代に合わせて変えていかなきゃならないでしょう。昔のとおりが良いということではなく、育英会の基本精神や基本哲学はちゃんと押さえておいて、どうしたら今の時点で一番いいのかを考えるべきだろうと思っています。40年前と比べて現在はどうなっているのかと反省することも必要なことだと思います。育英会の理念だって時代と共に変わるでしょう。現在の理念の下でどうしたらいいのかを考えてもらいたいですね。

Q.NTTに入社 されてから今まで印象の深かったことについて

 NTT生活もずいぶん長くなりました。僕は電電公社に入ったんですが、11年前に民営化といって、民間会社になりました。競争導入です。これは大変大きい変化でした。それは予想外に電気通信が進歩したせいであって、入社した当時はこんなになるとは思っても見ませんでした。企業も30年も経つと大きく変わる可能性があるということですね。だからこれは予断になりますが、入社するときにどのような会社を選ぶかは、あまり目先の格好良さで選ぶといけないということになりますね。

Q.立川さんが 仕事で一番やりがいはどういうことでしょか。また、一番苦労なさったと思ったことは何でしょか。

 NTTのなかでいろんな仕事をやりましたが、それぞれの職場で最善を尽くした結 果、いろいろな成果を残せたことでしょうか。とくに将来を展望したビジョン作りを 2度やりましたが、会社の方向を決めえたことはやりがいがあったと言えるでしょう。NTTはかなり自由な会社の一つだったと思うんですが、いいたいことを言えるし、発想も自由でした。そういう意味では会社で苦労したという記憶はあまりありませんね。働くときは家庭をかなり犠牲にしてよく働きました。こういうのを苦労というのかどうかは別として、一例をいえば、本社の課長補佐時代には家に帰るのは毎日午前2時、3時で、朝は9時には出勤しました。そういう生活もありましたが、それも一つのステップで、かえって働きがいを持っていたとも言えるでしょうね。それは重要な仕事をやっているという自負があったから耐えられたのかも知れませんが。今となってみると想い出の一つですね。